<第62回:スラム街で体験した恐怖のカーチェイシング②(コラム)>

前回までのあらすじ)

怖いもの知らずな若かりし頃、旅先のアトランタで刺激を求めて軽いノリで入ってみたスラム街。犯罪多発地域の温床ともいえる場所とはつゆ知らず、その自分の無鉄砲な行動により一台の車に後を追われることとなり、必死に逃げている最中、さらにガソリンが底をつき始めるという極めて危険な状況に、私は陥っていました。

ガスメーターがいよいよ0を振り切ろうという中にあっても、アメリカの南部の市街地を離れた田舎道は街灯もなく真っ暗で、助けを求めるべき場所もありません。

そもそもスラム街を出てから、自分がどこをどう走ってきたのかすら分かっていないのです。

後続車のヘッドライトは常にハイビームで中の様子はうかがいしれず、相手はまるでハンターのように怖がるのを楽しんでいるのか、処刑人のように懲罰を加える機会をうかがっているのか、とにかくどこまでも執拗についてきます。

少なくとも一つはっきりしていることは、もしもここで止まれば、車内から引きずり出されるくらいでは済まないだろうということです。

アメリカでは一般市民がふつうにスーパーマーケットでも拳銃を買えるため、武装をしている可能性もごく当たり前に十分あり、隣に大事な彼女を乗せていることを考えれば、絶対に逃げ切らなければなりませんでした。

しかしそれができない…

ハンドルを握る手だけでなく、気がつけば脇の下も背中も冷たい汗でビッショリになっていましたが、助手席で不安におびえる彼女を少しでも落ち着かせようと

「大丈夫。大丈夫。」

と繰り返しながら、なんとか方策はないかと必死にあたりを探しました。

大きなカーブを曲がって道が下り坂に差し掛かった時、まだしばらく遠く向こうにではありましたが、久しぶりにたくさんの人工灯が目に入ります。どうやらアトランタ空港のようです。かなり大回りをしてきていたことに、そこでやっと気が付きました。

「なんとかあそこまで持てば…」

しかしながら、そう思った矢先のまさに天佑!

ガソリンスタンドが突然目の前に現れたのです。迷わずそこへ入ります。

後続車は追尾を諦めたのか、中に入ってくることはせず、そのままこちらの様子を窺うようにスピードを時速10キロ程度まで極端に落としながら、最終的にはその場から去って行きました。

「助かった…」

ただ、まだ警戒を解くことはできません。

アメリカのガソリンスタンドは基本すべてセルフサービスで、給油した後は敷地内に必ず併設されているコンビニの中に行き、レジでお金を清算するシステムです。

「俺が出たら鍵を閉めて。絶対に出てきちゃだめだよ。」

そう言って、私はあたりに注意しながらとりあえずガソリンを満タンにし、レジへと向かうと、入口の所に一人の警官が立っていました。

身長が2メートル近くもあるような恰幅の良い黒人で、腰には見たこともないゴツイ拳銃をぶら下げています。それはまるで「これが見えるよな?」と言わんばかりであり、本物はやはり威圧的です。

そして、その警察官の表情はなぜか怒りに満ちているのです。

実際に話しかけられました。

「おまえここでなにやってんだ?」
「ここはお前がくるところじゃねーぞ!とっとと失せろ!」

見れば入口横にはパトカーもあり、このとき悟ったのが「ああ、ここらへんじゃ犯罪防止のため警察が常駐するシステムなんだ」ということです。

お金と商品の受け渡しをするコンビニのレジには鉄格子がしてあることからも、いかに危険な地域であるかが伝わってきます。

ということは、追跡者がガソリンスタンドに入ってこなかったのも、それが分かっていたからなのでしょう。偶然とはいえ、本当に助かりました。

これはもう20年近く前の出来事ですので、現在はアトランタも当時に比べればかなり改善されていると聞きます。

しかしながら、やはり行ってはいけない場所には、行ってはいけない。

私はその後、むしろ大都市の光と闇に一層強く関心を持ってしまい、行く先々で貧困地域をまじめに見て回るようになりましたが、さすがに一人のとき、陽がある明るいうちに限りました。

いや、それでも決してお勧めしません。絶対にまねをしないでください。

想定外のことが起こりやすく言語が異なる海外旅行では、事前に安全な場所を調べ、安全な場所であってもできるだけ夜の外出は避けるのが賢明です。

今回のこのエピソードが少しでも反面教師になればと願っております。

熊本ザ・グローバル学院
学院長 糸岡天童